公益社団法人発明協会

安定成長期

IHクッキングヒーター

イノベーションに至る経緯

 現在、一般家庭に広く普及しているIHクッキングヒーターは、1970年に誘導加熱(Induction Heating)の原理を利用した調理器をアメリカのウエスティング・ハウス社が世界で初めて商品化したことに端を発し、国内ではパナソニックが1974年にIH調理器を商品化して以降1990年に本格的な調理を実現する調理器として導入がなされたものである。パナソニックの開発以後、東芝や日立、三菱電機そして中部電力などの日本の家電メーカー、電力会社も参入し、IHクッキングヒーターは家電業界のなかでも大きな位置を占める製品カテゴリーの一つとなった。IHクッキングヒーターの登場は、古代より続いてきた「火」による調理から「電気」による調理への転換を意味しており、大きなパラダイム・チェンジをもたらすものであった。以下では、IHクッキングヒーターというイノベーションに至る経緯について述べる。

 IHクッキングヒーターの基本原理である誘導加熱については、その原理自体は19世紀にイギリスの科学者マイケル・ファラデーによって既に解明されていた。しかし、実際にIH調理器の事業化がなされたのは、1970年代に入ってからのことである。1970年に、アメリカのウエスティング・ハウス社が世界で初めてIH調理器の事業化に成功した。一方国内では、1974年に三菱とパナソニックが事業化を行った。

 長らく誘導加熱を用いた調理器の事業化がなされてこなかったのは、高周波のインバーターを開発することが技術的に困難だったからである。インバーターとは、家庭に送られてくる交流電流を直流電流に変換し、それを更に任意の交流の周波数に変換し直す装置のことである。これによって、50あるいは60Hzの家庭用電気を、一気に2万Hz(20kHz)にまで引き上げることが可能になる。誘導加熱を用いて水を沸騰させられるほどの火力を生み出すためには、このような高周波のエネルギーが必要不可欠である。

 しかし1970年代当時には、20kHzもの高周波エネルギーをコントロールできる半導体素子は存在していなかった。そこでパナソニックの開発チームは、回路の設計を工夫することによって、この問題の解決を試みた。回路の試作を何百回と繰り返し、ようやくショートしないような高周波インバーターの開発に成功した。この高周波インバーターを活用し、1974年にパナソニックは初のIH調理器を市場に投入した。

 しかし初期のIH調理器は、重量が大きく、また価格も非常に高価であったため、一般家庭用としては不向きであった。このIH調理器は、ホテルや料理店などで手押しワゴンタイプの商品として販売されるにとどまった。その後パナソニックは、高周波インバーターの改良を含めた小型化、コスト削減を積極的に推し進めた。また、当時のIH調理器の火力がガスコンロに比べて弱いことを受け、ダイニングで鍋料理を囲む時などに用いる卓上型のコンロとして売り出すことを決めた。こうしてパナソニックは、1978年に卓上型IH調理器を発売した。これは、家庭用テーブルに収まるサイズであり、また価格も7万円程度に抑えられたために、一般家庭用として大きく売れ行きを伸ばした。

 卓上型IH調理器を市場に投入した後も、パナソニックは一層の軽量化・低コスト化を推し進めた。それだけでなく、パナソニックは誘導加熱の原理を別の商品にも応用した。1983年には、パナソニックはIH技術を用いたジャー炊飯器の導入に成功した。これは、誘導加熱によって金属が直接発熱する仕組みを炊飯器の釜に応用したものであり、釜底のヒーターによって加熱する従来のジャー炊飯器に対して大きな差別化をもたらすものであった。IHジャー炊飯器の開発に際しては、ジェネラル・エレクトリック社が開発したIGBT(絶縁ゲート型バイポーラ・トランジスタ)と呼ばれる新型半導体素子が用いられた。

 新商品への活用だけでなく、調理器技術に対しての一層の技術革新も推し進められた。当時の卓上型IH調理器に対しては、「相対的に火力が弱く、本格的な調理は不可能」というイメージが付いていた。そこでパナソニックの開発チームは、ガスコンロと同等の火力を実現することを絶対条件として、本格的な調理を可能とする200V電源のIH調理器の開発に取り組んだ。こうして1990年に開発されたのが、IHクッキングヒーターである。しかし、IHクッキングヒーターは開発チームの予想に反して、ほとんど売れないような状況が1990年代中ごろまで続いた。販売不振の理由の一つとしては、IHクッキングヒーターによって加熱が可能であったのは、鉄又はステンレス製の金属鍋に限られていたことが挙げられる。このような課題に対応して、パナソニックは2002年にオールメタル加熱型のIHクッキングヒーターの開発に成功した。これによってあらゆる材質の金属鍋の加熱が可能になり、IHクッキングヒーターは一般家庭に爆発的に普及するようになった。


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