安定成長期
高張力鋼
イノベーションに至る経緯
(1)1950~1960年代
戦後直後である1950年代は、我が国におけるモータリゼーションの幕開けと同時に薄鋼板製造技術の基盤整備が進んだ時期である。1957年に国内に稼働した上吹き酸素転炉製鋼法は、不純物の低下に貢献し、自動車用薄鋼板の品質向上に大きく貢献した。また、1960年代に入ってからは高速の連続熱間圧延機及び連続冷間圧延機が次々に建造され、品質と供給能力の面で自動車産業の要請に応える薄鋼板の製造体制が整えられた。1960年代は薄鋼板の国産化が進み薄鋼板成形技術の体系化が進んだ時期でもある。内質の改善や偏析を低減したキャップド鋼が圧延母材として使用されるようになり、さらに、冷延後に脱炭脱窒を可能とするオープンコイル焼鈍法(OCA:Open Coil Annealing)が開発され、表面性状や成形性が向上して、自動車のフェンダーなどの外板に広く使われた。その後の製鋼技術において、1960年から実生産に連続鋳造技術が導入され、さらに極低炭化技術を確立して、アルミナの生成抑制と除去技術の進歩とともに母材はアルミキルド鋼に移行した。この時期には、鉄鋼メーカーと自動車メーカーが共同で薄鋼板成形技術研究会を開き、自動車用鋼板に求められる基本特性や成形様式に適合した材料パラメーターなど、鋼板開発の指導原理や評価尺度が明らかになり、その後のハイテン開発の方向性を示す重要な役割を果たした。また、このころ日本自動車工業会が主導して「自動車用熱延薄板協定規格」が整備され、熱延ハイテンのシリーズ化の基礎が築かれた。
(2)1970~1980年代
1970年代から1980年代までは、自動車用鋼板の進化にとって最も輝いた時期であった。この時期に、今日の自動車用薄鋼板の基本製造法と設備が整備され、高成形性鋼板や各種のハイテンの基本形が開発された。1973年と1979年の2度にわたって日本を襲った石油ショックで、自動車販売が急速に低迷し、自動車メーカーは北米市場に活路を見いだしながら、低燃費化技術を最重要課題として取り組んだ。車体の軽量化を図るため、様々な視点から部品のハイテン化が検討され始めた。日本の鉄鋼メーカーが本格的に自動車用薄板ハイテンの開発に着手した契機である。
その後の薄板ハイテンの開発に一大変革をもたらしたのが、1970年代中旬に世界に先駆けて日本で“実用化”された連続焼鈍(CAL; Continuous Annealing Line)プロセスであった。それまでの焼鈍は、コイルごとに炉に入れる箱焼鈍が行われていたため、せいぜい340~390MPa級のハイテンが製造されていたのに対し、CALにおける急冷技術を駆使することで、340~1470MPaの広範な強度レベルを有するハイテンが開発された。1980年代に入るとアメリカの燃費規制などに対応して、燃費向上のための車体軽量化が要求され、さらに衝突安全性への要求が高まる中で高強度化が求められるようになった。
(3)1990~2000年代
1990年代に入ると地球環境問題がクローズアップされ、米議会で自動車排ガスの総量規制を目的としたCAFE(Corporate Average Fuel Economy)規制強化法案が提出された。我が国の鉄鋼メーカーは、既存の自動車用薄鋼板の相当量が、アルミ、樹脂などに置き換わるとの危機感を抱き、再び新たなハイテンの開発に着手した。さらに亜鉛めっき鋼板の要望が強くなり、この時期から開発される自動車用ハイテンは、強度、成形性、溶接性に加えて、めっき性を考慮した取り組みが必須となった。またこの時期は、自動車の衝突安全性に対する社会的ニーズが高まり、車体の軽量化と安全性を両立させるため、各部品の成形に適した特徴ある冷延ハイテンが開発された。一方、熱延ハイテンに関しても、加工性として穴広げ性の重要性が認識され、制御冷却を活用し金属組織を制御した高穴広げ型ハイテンなどが開発された。しかしながら1990年代の自動車のハイテン使用比率は20%前後にとどまっていた。
2000年代に入ると、車の安全性に関して、予防安全技術が重視されるようになり、車体の部位ごとの機能分化が進んだ。例えば、意匠性が要求される外板パネル部位、フロントサンドメンバーなどの衝突時にエネルギーを吸収する部位、センターピラーなど乗員を守る骨格部位である。特に骨格部品には、オフセット衝突や側面衝突などから乗員を保護するため、980MPa級以上の高強度を有する超ハイテンが適用されるようになった。2000年代に入って自動車のハイテン使用比率は急激に増加した(図2)。
図2 自動車の生産台数と使用鋼材量の推移
出典:自動車用材料共同調査研究会 編纂『ハイテンハンドブック』(日本鉄鋼協会、2008年)
(4)2010年代
このように、更なる高強度化を進めていく中で、ものづくりとしては、単に強度を上げるだけではなく、例えば溶接性の課題について、評価方法や対策技術の研究開発の重要性が増し、材料開発と併せて進めることが必要となった。プレス成形用途で1470MPa級、熱間プレス用途で1800MPa級が開発され、成形時の問題解決や実部品としての評価を自動車会社と鉄鋼会社で協力しながら進めている。また自動車ではアルミや樹脂などの材料との共存が進みつつあり、異種材料との接合技術などの重要性が増している。
以上のように、ハイテン材や超ハイテン材は、硬さを強化することにより厚みを減らし軽量化、省エネ化に貢献する一方、硬さ故に成型を難しくする課題をも克服する技術を開発して今日の自動車、造船、ボイラー等製造業の要請に応えてきた。それはこれらの産業の競争力の大きな源泉となるとともに、日本の鉄鋼業の先端的技術の源泉ともなってきたと言える。日本エネルギー経済研究所の試算によれば(「LCA的視点からみた鉄鋼製品の社会における省エネルギー貢献に係る調査」2002年)、ハイテン等高機能化鋼材の製造エネルギー原単位は、従来鋼材の製造エネルギー原単位に比べて平均的に1.9~2.2%程度増加するが、ハイテン等高機能化鋼材を利用する製品が使用段階で持つ省エネルギー効果は高機能化鋼材の平均的な製造エネルギー原単位を1.5~2.1倍と大幅に上回る結果となるとしている。
地球温暖化対策や安全性の向上が世界的課題となる中で、自動車等における安全性確保と軽量化の両立を実現する大きな要因となった素材である。