公益社団法人発明協会

安定成長期

高張力鋼

発明技術開発の概要

(1)極低炭(IF:Interstitial Free)ハイテン

 1980年代後半、製鋼工程で低炭素鋼より更に炭素量を低下させ、結晶方位を制御しやすくする技術が追求されるようになった。炭素量を低下させる(極低炭化)プロセスのカギは、極限まで炭素や不純物を除去して成分を整える製鋼工程にあった。1970年代に登場した「真空脱ガス法(二次精錬)」である。これによって転炉で一次精錬が終わった鋼を、さらに炭素含有量を、10ppm程度まで落とすことが可能になった。このようにして製造された純鉄に近い鋼にチタンやニオブを添加し、わずかに残った炭素を析出物として固定するのが、IF鋼である。IF鋼は、低炭素鋼と異なり、鋼中の炭素がチタンやニオブで固定されているため、ストレッチャストレインと呼ばれる成形時のしわ発生が抑制され、また成形に有利な結晶方位がそろっており過酷な深絞り成形にも耐える。IF鋼の強度は270MPa級であるが、IF鋼をベースにリンやマンガンなどの固溶強化を利用したり、わずかに炭素量を増加させて析出強化を利用したりして、440MPa級までのハイテンが開発され、適用されている。

(2)焼付け硬化(BH:Bake Hardenable)型ハイテン

 外板パネル用鋼板には軟らかさと美しさが要求されるが、1mmに満たない薄鋼板であるため、小石の飛来や指で押されるなどで簡単に凹んでしまい外観を損ねることが問題となった。凹まない特性(耐デント特性)を付与するには、鋼板の降伏強度を上げ、塑性ひずみを発生させないことが肝要である。しかし、降伏強度の高い鋼板はスプリングバックにより面ひずみが発生し外観を損ねるばかりでなく、固溶炭素が多い場合にはプレス成形時にストレッチャストレインと呼ばれる小さなしわが発生して外観を損ねる。そのトレードオフを解決するために開発されたのが、BH鋼板である。BH鋼板は、鋼板中に析出物として固定されていない固溶炭素を極微量残留させた鋼板である。鋼中の固溶炭素は、自動車車体に塗装された塗装皮膜を硬化させる焼付け工程の時に転位を固着することで、降伏強度の上昇をもたらす。

(3)析出強化型ハイテン

 析出強化型ハイテンは、ニオブ、チタン等の元素を添加して、その炭化物の析出強化を利用する高強度低合金鋼(HSLA:High Strength Low Alloy Steel)として早くから実用化されていた。成形性では穴広げ性に優れるという特徴があり、自動車用では主に熱延ハイテンとして足回り類等に780MPa級まで適用されている。また、熱延後の制御冷却を利用し、金属組織として、ベイナイトの体積率を上げたりフェライトを単相化したりして、穴広げ性を大きく向上させた熱延ハイテンが開発された。また、高い成形性を維持したまま高強度化を図る手法として、チタンとモリブデンの複合析出物を利用した980MPa級熱延ハイテンが開発され、実用化されている。

(4)DP(Dual Phase)型ハイテン

 DP鋼は、鉄の軟らかい組織と硬い組織の2つを混ぜ、鋼板の中にバランス良く分散させた鋼材である。1970年代から研究が行われたDP鋼は、1980年代には自動車鋼板として実用化され、急速に普及された。鉄は高温時と低温時で結晶構造が異なり、高温から低温に冷却される過程で結晶構造が変化しながら結晶組織がつくられていく(変態)。DP鋼では、熱処理過程の高温時にフェライトに変態しないままの組織を少しだけ残しておき、その後、急冷して硬い組織に変態させ、2つ(Dual)の結晶組織の組み合わせにする。このような複合組織を有するDP鋼板は降伏強度が低く、伸びが高い特徴を有する。最近ではDP鋼板の低降伏強度と高い焼付け硬化性を利用して、ドアなど外板類へ適用できるハイテンも開発、実用化されている。またDP鋼板では穴広げ性が低いという問題があるため、金属組織としてベイナイト比率を上げたり、フェライトやマルテンサイトの硬さを制御したりして、その改善が図られている。

(5)残留オーステナイト(TRIP:Transformation Induced Plasticity)型ハイテン

 ひずみが加わることにより準安定な残留オーステナイトが硬質なマルテンサイトに変態して高い加工硬化特性を発現し、高延性となる変態誘起塑性(TRIP:Trnasformation Induced Plasticity)効果は、準安定オーステナイトステンレス鋼ではよく知られていた。自動車に適用するにあたり、普通鋼によって溶接性に問題ない範囲まで炭素量を下げ、シリコンやアルミなどのオーステナイトを安定化する元素を添加し、フェライトとベイナイトを主体とした鋼板が開発され、590~780MPa級が実用化された。この鋼板は、シリコンやアルミの添加量が多いため、めっき性に課題があったが、めっき前処理の制御等により、その問題は解消されつつある。また、穴広げ性がやや低いという問題があったが、金属組織の最適化等で改善が図られ、980MPa級を超える高強度化が図られている。

(6)熱間プレス用鋼

 熱間プレスとは、高温でプレス成形をし、そのまま型の中で急冷して硬質なマルテンサイト組織とすることで1500MPa以上の高強度の部品を製造する技術である。当初は高周波焼き入れ用の鋼材が流用されたが、更に高強度の1800MPa級や亜鉛めっき鋼板などが開発された。高温でのプレス成形のため容易に成形ができ、またスプリングバックによる形状不良がほとんどないため、レインフォースなどの補強材への使用が増大している。

 これらハテンの強度と加工性(引張りでの伸び)のバランスを図3に示す。現在は高強度かつ高延性の領域である「第3世代ハイテン」の開発が精力的に行われている。

 

図3 各種ハイテンの引張り強さと伸びのバランス

図3 各種ハイテンの引張り強さと伸びのバランス

出典:高橋学「薄板技術の100年:自動車産業と共に歩んだ薄鋼板と製造技術」鉄と鋼 第100巻記念特集号「鉄鋼技術、その100年の足跡」(2014年)

 


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