公益社団法人発明協会

戦後復興期

フェライト

イノベーションに至る経緯

(1)戦前から戦争直後のTDKの歩み

 昭和5年(1930年)に東京工業大学電気化学科教授の加藤の下で亜鉛精錬の研究をしていた助教授の武井は、研究上の偶然から、コバルトフェライトとマグネタイトとの固溶体が極めて大きな保磁力を有することを発見した。この現象に着目した両博士は、更に酸化鉄と各種金属酸化物との組合せからなる材料の磁気特性の研究を進め、硬磁性体で永久磁石等になるハードフェライトと、軟磁性体でコイル、トランスのコア(磁心)やアンテナ等幅広い用途に用いられるソフトフェライトを相次いで発明した(特許番号第98844号他)。

(左)加藤与五郎博士 (右)武井武博士

(左)加藤与五郎博士 (右)武井武博士

画像提供:TDK

TDK創業者 齋藤憲三

TDK創業者 齋藤憲三

画像提供:TDK

 フェライトの事業化は、不況にあえぐ地元秋田を救済すべく事業の立ち上げを目指していたTDKの創業者である齋藤によって推進された。

 齋藤の人柄と事業家としての可能性を買っていた鐘紡の当時の社長であった津田信吾の資金協力も得て1935年に同社は設立された。

 齋藤は東京工業大学と同社で研究を重ね、最初の製品“オキサイドコア”の販売にこぎつけ、軍からの大量受注によって成長の足掛かりを掴むこととなった。

 終戦とともに国産無線機の生産が中止されたためフェライトコアへのニーズは勢いを失い業績は低迷した。苦境にあった同社ではあるが、フェライトコアの有用性・将来性を信じ開発は継続した。このことが功を奏し、GHQによる国内ラジオの受信方式変更指令を契機としたフェライトコアへの需要復活という商機を掴み、その後の発展の礎を築くことになる。

 ラジオにおけるフェライトコアの安定受注によって経営が安定したTDKは、その後のテレビの開発時代の到来とともにフェライトの新たな可能性を追求するところとなった。

 1950年、NHKはテレビ実験局を開設し、松下電器産業等メーカー各社は一斉に受像機の開発に取り組み始めた。TDKは、1951年にブラウン管の電子ビームを上下左右に振らせる役目をする偏向ヨークコアと、電子ビームを飛ばすための高電圧を発生させるフライバックトランス用コアを、銅・亜鉛系フェライトを用いて開発・製造し、テレビの大型化、薄型化の実現に大きな役割を果たした。フェライトの需要は1953年の白黒テレビ、1960年代のテレビのカラー放送の開始等に合わせて増加していった。さらに、後述するマンガン・亜鉛系フェライト(1955年)、マンガン・銅・亜鉛系フェライト(1958年)等の開発によって、テレビ用コアの生産性を一層向上させ、日本のテレビ受像機の性能向上に大きく貢献した。

(2)高度成長期のフェライト

 フェライトの研究は、終戦直後から大学を含む多方面で実施されるようになっていた。1951年に東北大学の岡村研究室がマンガン系フェライトの研究成果を特許出願した。このマンガン系フェライトは磁気特性に優れ安定性も高かったので通信機用として最適であったが、製造が困難であった。TDKは、岡村教授から特許の実施許諾を得て自前の炉を開発し、窒素ガスにより酸素濃度をコントロールする製造法を見いだすことで難局を打開した。これにより1960年、従来の透磁率を大幅に上回る画期的な通信用コア(H5A)の開発に成功した。

 その後も、高磁束密度・高透磁率の新たなフェライトを次々と開発し、前述のテレビ受像機用のコア生産に資するとともに、アイソレータ・サーキュレータといった高周波デバイスの開発へとつなげていった。これらは現在、携帯電話等ネットワーク社会のツールには欠かせないデバイスとなっている。

 1960年代から70年代の高度経済成長期にかけて、日本では新たなエレクトロニクス製品が次々に生み出されていった。テープレコーダ、VTR、フロッピーディスクドライブといった記録(記憶)装置が相次いで登場した。これら装置の駆動部(読み取り部等)には磁気ヘッドが必要であり、その性能が音声・映像等のクオリティに決定的な影響を及ぼす。それには磁性体としての高い性能(低損失、優れた磁気特性、耐摩耗性等)が要求され、TDKはフェライトをコア材料としてその要求に応える磁気ヘッドの開発を行った。

 また、TDKではヘッドの技術と併せて記録メディアである磁気テープの開発も進められた。フェライト由来の磁性粉が用いられる磁気テープは、保磁力の安定化という課題を有していたが、1973年にTDKが開発した新技術が磁気テープに大きな展開をもたらした。アビリン磁性材と呼ばれるこの技術は、磁性粉の表面にコバルトを被着させることで保磁力の問題を克服し、磁気特性の飛躍的な向上による高い音質等を実現させた。ライフスタイルに大きな影響を与えたウォークマン®の登場(1979年)も手伝って、磁気テープは爆発的に普及した。これを契機に東京電気化学工業は、庶民にまでなじむことになったブランド名TDKを新会社名とすることとした。

(図1)電子部品と磁気テープによる輸出売上推移(1965-70)

(図1)電子部品と磁気テープによる輸出売上推移(1965-70)

出典『TDK60年史』より

(3)フェライトのさらなる展開

 フェライトに関する技術は、その後も進化を続けている。1980年にTDKは、印刷積層工法と呼ばれる革新的技術の開発により、積層チップインダクタ(コイル)を製品化した。これは、フェライトシートの上にペースト状の金属材料(銀など)でコイルパターンを印刷し、多層積層したもので、現代における携帯電話やパソコンの小型化等にも大きく寄与するところとなった。

積層チップインダクタ

積層チップインダクタ

画像提供:TDK

 現在、素材としてのフェライトの生産の多くは海外、とりわけ中国で行われているが、フェライトの有する新たな分野への応用可能性にはまだ大きなものがある。

 近年、電子機器の発展に伴いソフトフェライトは、電源とノイズ対策で非常に重要な役割を果たすようになってきた。全ての電子機器は直流電源が必要であり、スイッチング方式の電源が広く使われているが、その心臓部ともいえるトランスやコイルには低損失のフェライトコアが使われており、電気自動車のような大電流化にも対応している。また、デジタル機器の普及とともに電磁波ノイズが発生し、他の機器の誤動作を引き起こすなど社会問題にまでなったが、フェライトはこの分野でも有用な材料であった。フェライトには、通常の特性とは逆の、ある周波数で透磁率が低下したり磁気損失が増加したりする特性がある。この特性を利用して電子機器の回路内で発生するノイズの除去や、不要電波を除去する電波吸収体などに使われている。また非接触IC(FELICA/PASMO)や自動車のイモビライザなど近接磁場を使った新しい応用も拡大している。

 ハードフェライトは、AV機器のスピーカーや自動車の電装モーターなど、身の回りのモーターに大量に使用されている。このようにフェライトは、民生機器から産業機器に至る多種多様な用途への応用が試みられ、現代エレクトロニクス社会を文字どおり根底から支え続けている。

 戦前の発明にもかかわらずTDKを中心にフェライトが寄与した様々な分野での応用は極めて広範かつ大きなものがあり、2009年米国電気電子学会(IEEE)は、TDKと東京工業大学の業績を称え「フェライトの発明とその工業化」を、電機・電子の分野での世界遺産といえるIEEEマイルストーンに登録した。フェライトの発明は長らくフィリップス社のものとの説が内外一部に流布してきたが、それはこれによって払拭されたといえよう。

(図2) フェライトの多様な製品展開

(図2) フェライトの多様な製品展開

出典:フェライト・ワールド(http://www.tdk.co.jp/techmag/ferrite02/201102/index.htm)


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