高度経済成長期
スーパーカブ
発明技術開発の概要
顧客の使い勝手の良さを追求した「スーパーカブC100」の特徴は、「小型エンジンながら高い走行性能と低燃費」「簡単に運転できる操作性」「乗り降りのしやすさ」「日本の道路事情への対応」「特徴的な外観」であった。これらの特徴を備えた上に、他社の2ストローク車と同じ価格帯で発売したため、スーパーカブはオートバイ市場を席巻した。これらの特徴を実現するために、ホンダは数々の技術的課題を乗り越えて開発を進めていかなければならなかった。
(1) 小型エンジンながら高い走行性能 –4ストローク50ccエンジン-
4ストローク50ccエンジンは世界中どの企業も量産をしていなかったため、エンジン開発には多くの課題が伴った。例えば、エンジンのパワー不足が大きな課題の一つであった。エンジンのパワー不足を解消するためには吸排気バルブを大きくするしか方法がなかったが、それまで定番であった12mm径サイズの点火プラグを使うと、スペース的にバルブ径を大きくすることができなかった。そこで、プラグメーカーと共同で開発した10mm径の点火プラグを採用して、パワー不足を解消した。
また、パワー不足のほかにも、エンジンの冷却にも課題があった。エンジンをほぼ水平に設置したことで、風の当たる面積が少なくなり、オーバーヒートしやすくなってしまった。そのため、シリンダーヘッドカバーの中央部に通風口を設け、シリンダーヘッドの真上に直接風を当てる冷却方法が採用された。
数々の課題を乗り越えて完成した4ストロークエンジンは、単気筒四サイクルOHV(オーバー・ヘッド・バルブ)方式を採用し、排気量50ccながら最高速度70㎞/h、最高出力4.5馬力/9500rpmと高回転・高出力で、当時としては前例のない高性能な小型エンジンであった。
(2) 簡単に運転できる操作性 -クラッチ機構-
運転操作性に最も影響を与えたのはクラッチ機構である。スーパーカブで採用したクラッチ機構は画期的なものであった。クラッチ機構は8種類もの方式がテストされ、最終的に「常時噛合式三段リターン自動遠心クラッチ」というクラッチ機構が採用された。ギアチェンジペダルを踏み込んでギアを入れると同時にクラッチが切れるユニークな構造であった。この自動遠心クラッチの採用により、従来のハンドル部のクラッチレバーは不要となり、運転操作が簡単になった。
(3) 乗り降りのしやすさ -フレーム、タイヤ、燃料タンク-
乗り降りのしやすさを向上させるため、低床式バックボーンフレームを採用し、シート高は、本田自らが試作車に座り高さを決めた。
同時にタイヤのサイズも綿密に検討され、17インチタイヤが採用された。当時このサイズのタイヤは、日本では全く生産されていなかった。しかし、乗りやすい車高、操縦安定性、荒れた路面への走破性、止めたときの足つき性など全ての条件を検討した結果、これが最適との結論を出した7。
またぎやすさを優先するために、ステップスルーと呼ぶまたぐための空間デザインの処理について、シートの下に燃料タンクを置くレイアウトとした。それまで、欧州では、またぐスペースの前部に燃料タンクを置くことが標準的だった。乗り降りのしやすさは、スーパーカブの大きな特徴となった。
(4)日本の道路事情への対応 -サスペンション-
当時の日本の道路は舗装率が低く、路面に泥が多いという道路状況に適応する必要があった。悪路走行への対応のため、走行時の安定性に影響するフロントサスペンションにボトムリンク方式が採用された。ボトムリンク方式は、他の方式より小型、軽量で作成でき、さらに低コストであることも利点であった。
(5)特徴的な外観 -フロントカバー、フロントフェンダー-
スーパーカブの外観上大きな特徴の一つになったフロントカバーやフロントフェンダー等には、オートバイ部品として初めてポリエチレン樹脂が採用された。ポリエチレン樹脂の採用はコスト削減と軽量化が目的だった。当時ポリエチレン樹脂は、主に室内使用の製品で用いられていたが、オートバイ部品としては前例がなかった。そのため、経年劣化、応力による変形や傷等の試験に時間をかける必要があった。また、生産に当たって成形方法や色調に問題があったため、初期生産の3000台ほどはフロントカバーをFRPで作成したが、後にこの課題は解決された8。
生産開始後にも苦労はあったが、ポリエチレン樹脂を採用したことで完成車の乾燥重量は55㎏と軽量に収めることができた。
(本文中の記載について)
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